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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(オ)260号 判決

上告人

山本恒一郎

代理人

井谷孝夫

辻喜己衛

被上告人

相合不動産株式会社

代理人

浅野隆一郎

ほか二名

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、右部分を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人井谷孝夫の上告理由第二、三点および同辻喜己衛の上告理由第二点について。

仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意または過失のあつたときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のないかぎり、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。しかしながら、右申請人において、その挙に出るについて相当な事由があつた場合には、右取消の一事によつて同人に当然過失があつたということはできず、ことに、仮処分の相手方とすべき者が、会社であるかその代表者個人であるかが、相手側の事情その他諸般の事情により、極めてまぎらわしいため、申請人においてその一方を被申請人として仮処分の申請をし、これが認容されかつその執行がされた後になつて、他方が本来は相手方とされるべきであつたことが判明したような場合には、右にいう相当な事由があつたものというべく、仮処分命令取消の一事によつて、直ちに申請人に過失があるものと断ずることはできない。

本件において原審の確定するところによれば、被上告会社は不動産売買および仲介周旋等を目的とする会社であるが、その代表取締役須永伊之助は外二名とともに昭和三五年一月本件係争土地を含む約二、五〇〇坪の土地を通称緑ケ丘住宅地なる宅地として分譲する目的のもとに、訴外揖斐川工業株式会社に請け負わせてその整地工事を行なわせた、ところが、隣接土地の所有者である上告人との間に本件係争土地の帰属をめぐつて紛争が生じ、両者間の話合いが物分れとなつた直後、右整地工事は本件係争土地から程遠からぬ地点まで進捗してきたため、上告人において、とりあえず本件土地に対する仮処分をする必要にせまられた、その際、上告人は右須永から右工事の施行者が被上告会社であると聞かされていたわけではないが、その前年中須永から周辺の土地の分譲事業をする旨の挨拶を受け、被上告会社取締役社長の肩書が付された名刺を渡されたことがあり、昭和三五年一月一日付の被上告会社差出しの年賀状を受けたことなどから、本件土地を含む附近一帯の土地を買い受け現に本件各土地の附近まで整地工事を施行しているのは被上告会社であると判断し、同会社を相手方として本件仮処分申請におよんだ、しかし、その後右仮処分事件の異議手続において、右工事施行者が被上告会社であるとの疎明がないとして右仮処分命令が取り消され、またその本案訴訟においても本件各土地の所有者および工事施行者が被上告会社であることが認定できないとして、いずれも上告人が敗訴し、右各判決が確定したというのである。そして、記録によれば、第一審において提出された右仮処分の執行調書(乙第五号証)の記載からは、執行吏が右工事施行中の訴外揖斐川工業株式会社を被上告会社の下請人と判断して右仮処分を執行したのに対し、誰からもなんらの異議も提出されることなくその執行が終了している事実を窺知することができるのである。

ところで、会社の取締役が会社の営業と競合するような事業を個人として営む場合には、その事業が会社の事業であるか取締役個人の事業であるかがまぎらわしいこと、その他前示の如き事情に照らせば、上告人として右工事の施行者が被上告会社であると判断し、これを相手方として前記仮処分の申請をし、かつ、その執行手続をしたことについては、まことに無理からぬものがあるというべく、他に右工事施行者が被上告会社ではないことを容易に了知せしめるような特段の事情のないかぎり、同人にこの点において過失があるとすることはできないものというべきである。この際、右土地の旧所有者に右の点について問い合せたとしても、同人がその間の事情に通じていることが明らかな場合は格別、そのような事情のないかぎり、これによつてその施行者が誰であるかを知りえたものとはいい難く、その工事請負人についても、仮処分執行の際の状況について窺知される前記事情に照らして直ちに右の点が判然としたものとは断じ難い。のみならず、仮処分の実効性を確保するためには、その隠密性、緊急性の要請も無視しえないから、前記のごとく既に上告人と須永との間において話合いがされ、それが物別れとなつた段階において、紛争の相手方またはその関係人に対し、内部関係について信頼のおける回答を期待することも難きを強いるものというべきである。

しからば、これと異なり、これら相手方またはその関係人について調査することによつて右の事情は判明しえたものとの前提に立つて、前記事情のもとにおいても上告人に過失があるとした原審の判断は、違法仮処分による不法行為の過失に関し法令の解釈適用を誤つたものというべく、その誤りは原判決の結論に影響をおよぼすことが明らかであるから、論旨はこの点において理由があり、原判決は他の上告理由について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、本件は、右過失の有無についてさらに審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美)

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